鳥取市で5月26日、鳥取大学のサイエンス・アカデミー公開講座が開かれました。
鳥取大学医学系研究科の中村貴史准教授ががんウイルス療法について講演しました。(以下は講演要旨)
がん治療には、手術・抗がん剤・放射線治療(副作用を伴う)の他に分子標的薬(がんの細胞増殖因子を阻害する)、抗体医薬(抗体を体外で増やして注入する)、免疫療法(がんが免疫から隠れるしくみを阻害する)、遺伝子治療(増殖能力を失ったウイルスに正常な遺伝子を搭載して腫瘍に投与するか、遺伝子を導入した細胞を投与する)、がんウイルス療法があります。
がんウイルス療法は、遺伝子治療をベースに開発されました。
遺伝子治療では、遺伝子を運ぶベクター(運び屋)をウイルスを改変してつくります。ウイルスゲノムを取り出し、病原となる遺伝子を切除し、正常な細胞のゲノムを組み込み、遺伝子組み換えウイルスをつくります。ウイルスは細胞に感染しても、感染力は弱く、自己増殖能力はありません。
ベクターには、アデノ・レトロ・レンチ・ワクシニア・ボックス・ヘルペスなどのウイルスを使います。
ベクターは、正常細胞にもがん細胞にも感染しますが、増殖しません。そのため、感染しなかったがん細胞が再び増殖するため、効果は一時的なものにとどまります。
一方で、対がん用のウイルス(腫瘍溶解性ウイルス)は、正常な細胞では感染しても増殖せず、がん細胞のみ増殖するように改変します。
米国ではすでにメラノーマ(悪性黒色腫)に投与する遺伝子組み換えヘルペスウイルスが実用化されています。がんウイルス療法の特長は、直接投与した局所のがんだけではなく、全身のがんに効くことです、
がんの一部は、免疫からがん抗原を隠すものがあり、増殖する原因になっています。ウイルスによって破壊されたがん細胞から、がん抗原が露出し、抗原提示細胞ががん抗原を取りこんでリンパ節に戻り、がん細胞を攻撃するリンパ球を活性化します。
リンパ球などの免疫細胞や抗原提示細胞は、まず、ウイルスに反応してがん細胞に集結します。次にがん抗原に反応します。免疫細胞はウイルスに感染した細胞やがん細胞を破壊します。(※)
がんウイルス療法に用いるウイルスとして天然痘の種痘ワクチンの主成分であるワクシニアウイルスを使いました。いろんながん細胞(のカギ穴)に取りつくためのカギを持っている▽複数の(免疫を活性化させるための)治療遺伝子を運ぶことができる▽増殖能力を示すライフサイクルが8時間と短く、強力な腫瘍溶解力と抗腫瘍免疫賦活化を誘導できる―からです。
がん細胞でのみ増殖させるために、細胞増殖因子(タンパク質)に着眼しました。がん細胞は常に細胞増殖因子を多量に生産し分泌しています。分泌された細胞増殖因子はがん細胞の受容体に取りつき、細胞増殖を促します。細胞増殖因子を出している細胞だけに反応するようにウイルスを改変しました。
マウスを使った実験で、背中の2カ所に腫瘍をつくり、一方のマウスに従来の腫瘍溶解性ワクシニアウイルスを1カ所の腫瘍に投与し、もう一方のマウスに武装化(免疫賦活遺伝子を搭載)したウイルスを同じく一カ所の腫瘍に投与しました。
従来のものは、直接投与した腫瘍に効果はあったものの、投与しなかった腫瘍にはあまり効果がありませんでした。
武装化したものは、直接投与の腫瘍も投与しなかった腫瘍も消滅させることができました。
商品化には膨大な費用が必要なため、製薬会社と連携しているところです。
※ 抗原提示細胞の樹状細胞が、ウイルスによって破壊されたがん細胞から露出したがん抗原を取り込み、リンパ節に戻ってヘルパーT細胞に認識させ、キラーT細胞(リンパ球)を増殖・活性化させます。
ナチュラルキラー細胞(リンパ球。NK細胞)は、MHCクラスⅠ分子(ヒト白血球抗原)が発現した細胞は攻撃しません。正常細胞ではヒト白血球抗原が発現しているので攻撃されず、発現していないがん細胞が攻撃されます。
NK細胞はパーフォリン(タンパク質)で細胞膜に穴を開け、グランザイム(タンパク質)を注入し、酵素の力でDNAを切断し、さらにミトコンドリアを破壊して、細胞をアポトーシスさせます。
一方で、キラーT細胞は人白血球抗原が発現し、かつ、がん抗原がヒト白血球抗原に付着した状態の細胞を攻撃します。がん抗原が細胞内に隠れているがん細胞は攻撃を免れます。